これは、エマルシア株式会社をなぜ立ち上げたのか、という話です。
きれいに整理された創業ストーリーではありません。むしろ、つい最近まで自分自身で言語化できていなかった違和感と、その正体に気づいた瞬間の記録に近いものです。エマルシアを立ち上げると決めてから、自分が何をしようとしているのか、なぜそれをやりたいのかを何度も考え直してきました。その中で最近ようやく、自分の中にずっとあった違和感の正体が見えてきました。この投稿は、その記録です。
第1章 違和感の話
私は化粧品メーカーで7年、IT業界で7年を過ごしてきました。直前に所属していたのは、あるIT企業です。その中でずっと、なぜか違和感を持っていました。
「ただのIT会社を目指すこと」への違和感、と今なら言葉にできます。ですが当時は、その違和感が何に由来するものなのか、自分でもうまく言えませんでした。
仕事は楽しく、技術も面白く、一緒に働く人たちも優秀でした。ただ、業界全体が向かっている方向に対して、何か噛み合わないものが自分の中にありました。
「契約期間を長くすることが勝ち」
「解約率を下げることがKPI」
「月額課金で安定収益を作ることが優秀な経営」
どれも正しい。ビジネスとして間違っているわけではありません。ただ、自分の手触りとズレていました。
このズレを抱えたまま、私はエマルシアを立ち上げることにしました。違和感の正体が何なのかは、まだ分かっていませんでした。
第2章 中小企業という存在の面白さ
エマルシアが向き合うのは、中小企業です。特に、現場がある製造業・建設・卸市場・食品加工・印刷・リフォームといった、50名前後の会社を想定しています。
なぜ中小企業なのか。大企業や大手スタートアップではなく、中小企業に向き合いたいと思ったのには、はっきりした理由があります。
中小企業は、大企業には持てないユニークさを持っているからです。
大企業は、規模の力で勝ちます。標準化し、効率化し、再現性を高め、人を入れ替えても同じ品質を出せる仕組みを作る。それが大企業の強さです。
しかし中小企業は違います。50人の会社で、あの人がいなくなったら回らない業務というのは必ずあります。あの人の勘、あの人の顔、あの人の段取りで、会社が成り立っている。これは大企業から見れば「属人化」という弱点に見えます。ですが、見方を変えればそれこそがその会社にしかない個性です。
大手と同じ標準化された仕組みを入れても、中小企業は大手に勝てません。規模が違うからです。では何で勝つのか。大手には真似できない、その会社独自の強みで勝つしかない。そしてその独自の強みは、ほとんどの場合、今いる人の個性の中にあります。
エマルションという比喩
ここで、エマルシアという会社の名前に込めた比喩の話をしたいと思います。
私は学生時代、界面化学という分野で研究をしていました。専門はピッカリングエマルションと呼ばれるもので、エマルションというのは、水と油のような混ざらない液体を混ぜた状態のことを指します。牛乳もマヨネーズもエマルションの一種です。
水と油は、本来混ざりません。ですが、間に立つある種の粒子を入れると、混ざらないまま安定した状態を作れます。大事なのは「混ざって均一になる」のではなく、「混ざらないまま、安定して共存する」ことです。その状態が、元の水や油にはない新しい性質を生み出します。
中小企業の組織も、これに似ています。
社長の頭の中と、現場の実態。経営の論理と、作業の感覚。数字で動く人と、感覚で動く人。これらは本来、混ざりません。無理に混ぜようとすれば、どちらかが殺されます。
ですが、間に適切な何かが入れば、混ざらないまま安定できます。それぞれの個性を殺さずに、一つの組織として機能する状態を作れる。そしてその状態こそが、その会社にしかないユニークな性質を生みます。
これが、エマルシアという会社名の由来です。
個性を殺して標準化するのではありません。混ざらないまま、安定させる。それが中小企業に向き合うときの、私の基本姿勢です。
第3章 解決策の形
では、中小企業の個性を殺さずに、仕組みで組織を安定させるには、どうすればいいのか。
答えは、オリジナル開発と、定着するパワーの組み合わせだと、私は考えています。
SaaSは、汎用的な業務パッケージを多くの企業に提供するモデルです。効率的で、安価で、導入も速い。ただしそれは、会社側がSaaSに業務を合わせるという前提で成り立っています。会社の個性は、SaaSの枠組みの中で削られていきます。
一方で、完全な内製は中小企業には重すぎます。エンジニアを自社で雇い、設計し、運用し続けるだけの体力がある中小企業は、ほとんどありません。
エマルシアが提供するのは、その中間ではありません。第3の道です。
- その会社のために、その会社の業務に合わせて、オリジナルで開発する
- ただし、作って納品して終わりにしない
- 現場に定着するまで、私たちが伴走する
システムは作るだけでは価値になりません。現場で使われて、定着して、業務が本当に変わって、初めて価値になります。そこまでを一つのサービスとして提供することが、エマルシアの存在意義です。
成果物のソースコードも設計書も、すべて顧客の所有物として契約しています。FirebaseとNext.jsという一般的な技術を採用しているので、他の会社にも引き継げます。顧客がエマルシアを選び続けるかどうかは、毎月の価値提供で決まる。契約で縛る設計は、意図的に取っていません。
「今いる人で最適化する」というのが、私のやり方です。会社から個性を削ぎ落とすのではなく、今いる人の個性を前提に、それを活かす仕組みを作ることを大事にしています。
第4章 透明性という前提
この考え方を、顧客との関係の中で成立させるには、一つの必要条件があります。
徹底的な透明性です。
顧客が安心してエマルシアと付き合えるのは、「この会社が何を考えて、どう動いているか」が見えるときだけです。隠し事があれば、信頼は積み上がりません。信頼が積み上がらなければ、深い関係の中での価値提供はできません。
だから私は、エマルシアのあらゆる部分を見える状態にすることにしました。
料金の透明性
料金体系は、見積書の構造から、コスト算出のロジックまで、すべて公開しています。
月額は「コンサル基盤20万円+Build上乗せ(開発期間のみ)」という形で、何にいくら払うのかが明確です。Build上乗せの部分には「御社理解スコア」という8項目の指標があり、算出根拠をすべて顧客に見せます。関係が深まるほどこのスコアが下がり、追加開発の単価が下がっていく構造にしています。
やり方の透明性
エマルシアの仕事は、Find(課題発見)、Brew(設計)、Build(開発)、Grow(定着)という4つのフェーズに分かれています。それぞれで何をするか、何週間かかるか、何が成果物として残るかを、事前に開示します。
進捗の相談も、随時共有します。「どこで何が起きているか分からない」という状況を作らないことが、エマルシアの仕事の前提です。
チームの透明性
エマルシアは少人数の会社です。私の他に、現場観察とデザインを担当する中村、エンジニアリングを担当する岡本という2名の業務委託メンバーがいます。誰が何を担当しているかを、顧客に対してもオープンにしています。
「営業担当と実装担当が分かれていて、営業時の話が現場に伝わっていない」という大企業でよくある状態を、エマルシアでは構造的に作りません。ヒアリングした人、設計した人、作る人が、互いを知っている状態で仕事をします。
透明性は、戦略ではなく、
信頼の前提条件です。
「透明性を打ち出せば差別化になる」という発想ではありません。「隠した時点で信頼は作れない」という、もっと単純な原則の話です。
中小企業の社長にとって、外部のパートナーに自社の業務を任せるというのは、大きな決断です。その決断を支えられるのは、「この会社は信じていい」という実感しかありません。その実感は、透明性なしには作れないと思っています。
第5章 気づきの物語
ここまで書いてきたことを、実は私は、エマルシアを立ち上げる前からずっとやろうとしていました。
ただ、なぜそうしたいのか、どうしてこの方向に惹かれるのかを、自分で言語化できていなかったのです。
最近、ある議論の中で、それが急に見えました。
議論の相手に、「縛って儲けるIT業界のやり方に違和感があるのでは」と言われた瞬間、自分の中でカチッとはまる感覚がありました。
「ああ、私がずっと違和感を持っていたのは、ITに来てから見てきた業界の当たり前だったのか」「化粧品メーカー時代の7年で自分に染み込んでいた価値観と、ITの業界慣習がズレていたのか」。自分がずっとやろうとしていたことの輪郭が、そこで初めて明確になりました。
製造業の当たり前
化粧品メーカーで7年、私は品質管理とGMPの世界にいました。製造業の常識は、だいたい以下のようなものです。
- 価値が下がれば、切られる。品質が落ちた商品は、棚から消える。顧客は冷徹に、その時点でベストな選択をする。契約で縛ることはできない
- 現状維持は、衰退と同じ意味だ。競合は毎月のように新製品を出してくる。同じものを同じ品質で出し続けるだけでは、相対的に負ける。毎日、改善し続けないと、置いていかれる
- 仕組みで品質を担保する。個人の頑張りに頼らない。誰がやっても同じ品質が出る仕組みを作る。それでも完璧ではないから、予兆を拾う仕掛けを何重にも入れる
この価値観は、製造業にいれば空気のように当たり前のものです。みんなそう思っているし、そう動いている。
ですが、ITに来て、私はこの当たり前が通じない世界を見ました。
- 契約期間を長くして、解約金を設定して、顧客を離れにくくする
- 月額サブスクで自動的に売上が積み上がる仕組みを作る
- 機能を増やし続けて、他社に乗り換えるコストを高くする
- 最初は安くして、後から値上げする
- ロックインを「優秀な経営戦略」と呼ぶ
ビジネスとして間違っているわけではありません。実際、こうしたやり方で巨大に成長した会社がいくつもあります。
ただ、私の身体に染み込んでいた製造業の価値観から見ると、この世界は価値が下がっても切られない世界に見えました。
製造業では、毎日の改善を怠れば切られる。だからこそ、真剣に価値を出し続ける。緊張感が健全さを保っている。
ITの一部には、その緊張感を契約で逃れる構造がある。価値が下がっても、仕組みで引き留められる。顧客は、離れたくても離れられない。
これが悪だと言うつもりはありません。ビジネスとして成立している以上、選ぶ人がいて、成り立っている構造です。
ただ、私は、そちら側の会社を作る気にはなれませんでした。
エマルシアは、製造業の当たり前を、
IT業界に持ち込む会社です。
これが、議論の中で見つけた、私の信念の一つです。
- 価値が下がれば、切られる。だから毎日改善し続ける
- 現状維持は衰退。だから静止しない
- 顧客は、契約ではなく、価値で選び続けてくれる
- 選び続けてもらえる会社であり続けることが、経営そのものだ
コンサル基盤の月額20万円は、この考え方の体現です。これは「何もしなくても入ってくる固定収益」ではありません。「毎月、汗をかき続ける覚悟を、価格として顧客に約束したもの」です。
何もしない月があれば、顧客はそれを即座に感じ取り、離れていきます。その緊張感の中で、毎月価値を出し続ける——それがエマルシアの働き方であり、私が作りたかった会社の形です。
顧客が求めているのは、急成長ではありません。安定です。
自社の業務が毎日、少しずつ良くなっていく状態。変化が必要なときには一緒に動いてくれるパートナーがいる状態。いつでも離れられるけれど、離れる理由がない状態。それが、中小企業の社長にとっての本当の安心だと私は思っています。
その安心を、契約ではなく、価値で作り続ける。それがエマルシアです。
おわりに
この投稿で書いたことは、エマルシアの運営を進めるうちに、さらに言語化が進むと思います。その度にここに投稿として追加していくつもりです。
もし、ここに書いたことに共感してくださる経営者がいらっしゃれば、一度話をさせてください。そして、「違うな」と思われた経営者がいらっしゃれば、それはそれで正しい判断だと思います。合う合わないがはっきりしている会社のほうが、お互いにとって健全だと考えています。
混ざらないまま、強くなる。
これは、中小企業の組織の話であり、エマルシアと顧客の関係の話であり、そして多分、IT業界とエマルシアの関係の話でもあります。
全部を溶かして同じ色にする必要はありません。それぞれが違うまま、安定して共存する形を作る。そこにしか生まれないユニークさがあると、私は信じています。