これまで多くの中小企業の社長さんと、業務改善の話をしてきました。そのなかで、ある一つのことに気づくようになりました。
会社のなかで仕組みが本当に根付いていくかどうかは、一人の存在の有無にかかっていることが多い。社長の想いと現場の手触りを、両方の言葉で語れる人です。ここではその人を「翻訳者」と呼ばせてください。
第1章 なぜ翻訳者が必要なのか
中小企業の社長さんは、いつも先のことを考えていらっしゃいます。どう会社を残すか、どう次の一手を打つか。頭のなかは、数ヶ月先、数年先のことでいっぱいです。
一方、現場の方々は、今日の仕事を回すのに手いっぱいです。目の前の納期、目の前のお客様、目の前のトラブル。その積み重ねで毎日が進んでいます。
このあいだには、実は大きな距離があります。
社長さんが「こう変えたい」と言ったとき、その言葉は現場の仕事の具体像まで降りていません。現場の方々が「今、こんなことで困っている」と話すとき、その話は経営判断に必要な形まで整理されていません。
両方とも、それぞれの立場で正しく考えていらっしゃいます。ただ、使っている言葉が違い、見ている時間の長さが違うので、そのままではお互いの話がうまくかみ合いません。
ここで、間に立てる人の出番になります。
社長さんの抽象的な想いを、現場の具体的な仕事に翻訳する人。現場の具体的な困りごとを、経営判断に使える形に翻訳する人。どちらの言葉も理解できて、その間を行き来できる人です。
私はこの役割の人を、勝手に「翻訳者」と呼んでいます。
第2章 翻訳者がいる会社と、いない会社
翻訳者にあたる人が社内にいる会社では、物事が驚くほどスムーズに進みます。
社長さんが朝会で「こういう方向でやっていきたい」と話すと、その人が後日、現場のメンバーに噛み砕いて伝え直します。単に言葉を柔らかくするだけではありません。「具体的には、こういう場面でこう動くということ」と、現場の日常と接続された形に翻訳します。
逆に、現場で「この業務、本当にこのままでいいのだろうか」という声が上がったとき、その人は問題を整理して、社長さんが判断できる材料として持っていきます。感情的な不満ではなく、事実と選択肢として。
こういう翻訳者がいる会社では、社長さんの意図と現場の動きが、ゆっくりではあっても、一つの方向に揃っていきます。新しい仕組みを入れるときも、現場が納得したうえで進んでいきます。
一方、翻訳者が不在の会社では、しばしば次のようなことが起きます。
- 社長さんの話が、現場に「遠いもの」として受け取られる
- 現場の困りごとが、社長さんに届くまでに角が取れて、深刻さが伝わらない
- 新しい仕組みを入れても、現場で使われず、いつの間にか元に戻る
- 社長さんは「うちの社員は自分から動かない」と感じ、現場は「社長は現場を見ていない」と感じる
これは、誰かが悪いわけではありません。立場が違えば、見えるものが違う。見えるものが違えば、語る言葉も違う。それは自然なことです。
ただ、その自然な距離を埋める役が、誰もやっていない状態になっているだけです。
第3章 翻訳者は、社内にいるのが一番いい
理想を言えば、翻訳者は社内にいるのが一番です。
理由はシンプルです。その会社の歴史、その会社の人間関係、その会社の仕事の肌触り。これらは、外から来た人間にはなかなか掴めません。何年もそこで働いてきた人だけが、本当の意味で理解できるものです。
社内の翻訳者は、社長さんの言葉を現場に伝えるときに、「誰に、どの順番で、どう話せば響くか」を自然に判断できます。現場の困りごとを拾うときも、「これはあの人がずっと気にしていたことだ」と背景を知ったうえで受け取れます。
そして何より、その人は翌日も、翌月も、翌年も、同じ会社にいます。組織の変化を継続的に見守り、節目ごとにまた翻訳する。一過性の支援ではなく、会社の中枢として機能します。
もし、いまこの文章を読んでくださっている社長さんの会社に、「あ、あの人がそれにあたるかもしれない」と思える方がいらっしゃれば、それはとても幸運なことだと思います。
その人を、大事にしてあげてください。本人も周りも気づいていないことがありますが、その人は、会社の中で一番希少で、一番代えがきかない役割を果たしていらっしゃいます。
第4章 とはいえ、いないことも多い
ただ、現実を見ると、社内に翻訳者にあたる人がいない中小企業のほうが、むしろ多いようにも感じています。
これは、誰かの怠慢というよりも、構造的な問題です。
翻訳者は、経営と現場の両方をある程度理解している必要があります。けれど、社内でこの二つを両方経験する機会は、そう多くありません。現場一筋で上がってきた方は経営の視点を学ぶ機会が少なく、経営に近いところから入った方は現場の肌感覚を身につけにくい。
さらに、翻訳者の役割は、目に見えにくいという性質があります。数字で測れる営業実績や生産実績と違って、「この人が間に立っているから、組織が回っている」という貢献は、評価しづらい。そのため、社内でもその重要性が認識されにくく、育成の優先度も上がりにくい。
結果として、多くの会社では、翻訳者にあたる人が不在のまま、社長さんの想いと現場の実態が平行線をたどっている。これが、中小企業の業務改善がなかなか進まない、大きな理由の一つだと思っています。
翻訳者の不在は、
一つの立派な構造的課題です。
第5章 エマルシアが担うもの
エマルシアがやっていることを、少し別の角度から言い直すと、こうなります。
社内に翻訳者にあたる人がいない場合、その役割を外から一時的に担う。それがエマルシアの仕事です。
私たちは、まず社長さんから会社の方向性や想いを聞きます。次に、現場に入り、実際の仕事の流れや、そこで働く方々の手触りを観察させていただきます。そして、その両方を行き来しながら、「社長さんの想いが、現場でどんな形になれば実現するか」を一緒に考えていきます。
Find(課題の発見)、Brew(設計)、Build(仕組みづくり)、Grow(現場への定着)という4つの段階も、本質的には「翻訳」の作業です。
最初はこちらが翻訳の多くを担います。けれど、お付き合いを重ねていくうちに、現場のなかに「あ、社長が言っていたのはこういうことか」「今のやり方をこう変えれば楽になるのか」と、自分で翻訳を始める方が少しずつ現れてきます。
こうなったら、一番いい状態です。私たちが外から担っていた翻訳の機能が、少しずつ社内に戻っていく。最終的には、私たちがいなくてもその会社が自力で進んでいけるようになる。それが、エマルシアの考える理想の到達点です。
第6章 翻訳者は、静かに会社を支えている
私たちが外からサービスとして担うにせよ、社内にすでに存在するにせよ、翻訳者の仕事は派手ではありません。
大きな決断をするわけでも、目立つ成果を残すわけでもありません。社長さんの言葉を噛み砕き、現場の声を整理し、両者のあいだを何度も往復する。地味で、数字にも現れにくい仕事です。
けれど、この地味な往復運動が、組織を一つの方向に保ち続ける力になっています。
会社のなかを見渡してみてください。派手さはないけれど、いつの間にか話がまとまっている、なぜか物事がスムーズに進んでいる、そんな場面に関わっている方がいらっしゃいませんか。
その方こそ、会社を静かに支えている翻訳者かもしれません。
もしそういう方がいらっしゃれば、その方と一緒に、次の一手を考えてみてください。もし、まだそういう方が社内で見つからないのであれば、一度ご相談いただければ嬉しいです。
その間を埋める役割を、私たちがしばらくお引き受けします。そして、いつかその役が社内に根付くまで、隣で一緒に歩かせていただければと思います。