「脱Excel」が正解とは限らない。その属人化には、理由がある
「脱Excel」は本当に正解なのか? 八万行のシステムを作り込んで現場に使われなかった私たちが、現場のExcelをすぐ潰さず、今いる人が回せる現場知を読むところから始める理由を書きます。

「脱Excel」から、私たちは始めません
業務システムの導入を、脱Excelから始める必要はありません。八万行かけてExcelを捨てた先で、誰にも使われないシステムを作った側だからです。中小企業のDXは、たいてい「脱Excel」から始まります。属人化したExcelを捨て、ちゃんとしたシステムに乗せ替える。誰が見ても進歩に見えますし、提案する側も売りやすい話です。
私たちは、そこから始めません。Excelを捨てて、手痛く失敗した側だからです。
前職の化粧品工場で、品質管理の仕組みを一人で作っていました。最初はExcelでした。やがて、もっと立派なものを、と作り込み、最後はVBAとAccessで八万行のシステムになりました。記録はすべて残る。GMPにも対応している。我ながら、いいものができたと思いました。けれど現場は「分かりにくい」と言い、ほとんど使われませんでした。脱Excelした先に待っていたのは、誰も使わない立派なシステムでした。
現場のために、Excelを作り込んだ
いちばん現場に使われていたのは、立派なシステムではなく、捨てる前のExcelでした。
そのExcelには、現場に合わせた工夫が詰まっていました。現場はマウスを前提にできないので、タブレットにして、指で押せるようにボタンを大きくしました。数値を入れるたびに電卓を出してほしい、という無茶振りに応えて、電卓を自作しました。標準のカレンダーは指には小さすぎたので、大きく作り直し、押すと光るようにしました。
この作り込みは、誰かが現場で困った数だけ積み上がった工夫です。傍から見れば「属人的なExcel」、整理されていない、その人にしか分からない代物です。けれど中身は、現場の事情に一つずつ合わせた最適化の塊でした。それを「属人化しているから」という理由だけで捨てたとき、工夫ごと消えました。
属人化は、悪ではありません
属人化したExcelは、潰すべき対象とは限りません。列の一つひとつ、手入力の一箇所ずつに、過去のトラブルへの対処という理由が残っているからです。属人化を潰せ、とよく言われます。人が辞めたら回らなくなるから、特定の誰かに依存するな、と。理屈は分かります。
でも、現場のExcelが属人化しているということは、裏を返せば、その一枚に誰かの現場知が詰まっているということです。なぜその列があるのか。なぜそこだけ手入力なのか。なぜ毎月そのシートをコピーするのか。一つひとつに、過去のトラブルや、現場なりの理由があります。属人化とは、その人が現場を回してきた歴史そのものです。
中身を読まずに捨てると、理由ごと消える。
現場のExcelを「属人化=悪」と決めつけて、中身を読まずにシステムへ移すと、理由ごと捨てることになります。残るのは、現場の事情を知らない、きれいなだけのシステムです。そして現場は、こっそり手元のExcelに戻ります。私たちは、それを何度も見てきました。
私も「Excelは卒業すべき」と思っていました
偉そうに書いていますが、「Excelは卒業すべきだ」と、私自身がいちばん強く思い込んでいました。
Excelは仮の道具で、いつか卒業すべきもの。属人化は未熟さの証拠で、整えるのが正しい。そう信じて、現場が回せていたExcelを、立派なシステムに置き換えようとしました。記録さえきっちり残せば、すべてうまくいくと思い込んでいたのです。
結果は、すでに書いたとおりです。「脱Excel」そのものが目的になっていて、その先で誰が何を使うのかを、私は見ていませんでした。捨てること自体に満足していたのです。作ったものが使われるとは限らない。当たり前のことに、八万行を書き終えてから気づきました。
捨てるかどうかは、最後に決めます
では、どうするか。私たちの結論は、「脱Excel」を目的にしない、ということです。
目的は、いつだって今いる人が現場を回せることです。Excelを捨てるかどうかは、その手段の一つにすぎません。だから私たちは、最初に「このExcelを捨てるべきか」を問いません。まず、そのExcelで何が回っているのかを読みます。捨てたほうが現場が楽になるなら、捨てます。Excelのまま使いやすくするほうが速いなら、無理に脱Excelしません。立派なシステムに乗せ替えるより、今あるExcelを少し直すほうが、現場が楽になることは珍しくありません。
手段をゴールに置き換えない。
「脱Excel」は手段であって、ゴールではありません。手段をゴールに置き換えた瞬間、現場が回せていた仕組みごと壊しにかかってしまう。私たちは、それで一度壊した側です。
だから、まず「誰が回しているか」を見ます
Excelを一度きれいに捨てて失敗した経験があるから、私たちが顧客のExcelと向き合うとき、最初に見るのは仕様ではありません。誰がこのExcelを回していて、どんな工夫が積み上がっているか。何を変えたら、その人がもっと楽に回せるか。そこを見ます。
捨てるかどうかは、そのあと。
属人化したExcelは、潰す対象ではなく、その会社が現場で勝ってきた証拠です。私たちは、それを一度きれいに捨てて失敗しました。だからいま、お客様の現場では、まずそのExcelを読むところから始めます。捨てるかどうかは、その後です。今いる人が、これまでどおり現場を回し続けられること。その安定をつくることが、私たちにとっての本当のDXだと考えています。
今いる人が回せること。
それだけが、ゴールです。
脱Excelは、手段のひとつ。
よくあるご質問
- 属人化したExcelを残したまま、担当者が辞めたらどうなりますか。
- 残すのはExcelそのものではなく、そのExcelに詰まっている運用の理由です。私たちは着手時に、なぜその列があるのか、なぜそこだけ手入力なのかを、回している本人から聞き取って記録に残します。人を型にはめる標準化ではなく、その人のやり方をその人の手柄として残す作業です。担当者が抜けても理由が残っていれば、次の人が同じ判断をやり直せます。
- Excelのまま改善する場合、どこまでできますか。
- 入力ミスを防ぐ制御、集計の自動化、複数人での同時編集までは、Excelのままでも改善できます。限界が来るのは三つです。過去の変更履歴を追う必要が出たとき。社外とデータをやり取りするとき。同じ表を複数の拠点で持ち始めたとき。この三つが現れた時点で、初めてシステム化を検討します。
- 脱Excelには、どれくらいの期間と費用がかかりますか。
- 現場の運用を読む工程に二週間から四週間かかり、そこで作るものが決まります。私たちは最初に金額を出しません。何が回っているか分からないうちに出した見積もりは、後で必ずずれるからです。読み終えた段階で、Excelのまま直す案とシステム化する案を、それぞれの費用と一緒に出します。
- システムを入れたのに現場がExcelに戻ってしまうのは、なぜですか。
- 新しいシステムが、現場の積み上げた工夫を持っていないからです。ボタンの大きさ、入力する順番、その場で電卓が出るかどうか。仕様書に書かれない部分が、現場の速度を決めています。Excelに戻る現象は現場の怠慢ではなく、設計のときにその工夫を読まなかった結果です。
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