属人化した勘・段取りを、潰さず資産にする
ベテランの勘や段取りが特定の人に依存していて、その人がいないと回らない。属人化を標準化で潰すのではなく、その人のやり方をその人の手柄として残す形でシステムに取り込む、私たちの考え方です。
「属人化を無くしたい」に、すぐ頷けなかった
「ベテランの段取りが、その人にしか分からない。休まれると、現場が止まる」。中小企業の社長から、よくいただく相談です。勘や段取りが特定の人に依存していて、その人がいないと回らない。これをシステム化できないか、と。
以前の私たちなら、すぐに「では属人化を無くしましょう」と答えていました。誰がやっても同じようにできる形へ直す。それが正しいと思っていたからです。
でも今は、その言葉にすぐ頷きません。
標準化が正義だった、製造現場の七年
私たちの片方は、化粧品の品質管理を七年やってきました。GMPの世界です。誰がやっても同じ結果になること。記録が残ること。それが品質であり、正義でした。実際、その世界ではそれが正しかった。
ただ、当時から引っかかっていたことがあります。正しいはずなのに、現場が変わらない。高い生産管理のパッケージを入れても、本質は動かない。導入した翌月には、ベテランが自分のExcelをこっそり横で開いている。決まった手順の外側で、本当の段取りが回っていました。標準化は正しい、でもそれだけでは会社が回っていない。その違和感の正体が、長いあいだ分かりませんでした。
その後、多くの中小企業の現場を見て、ようやく分かりました。
同じ仕組み化でも、向きは逆にできる
ぐちゃぐちゃは、遅れではなく個性
中小企業の現場は、外から見ると複雑です。Excelと紙と口頭が混ざり、段取りはベテランの頭の中だけにある。非効率に見えます。
でも、その複雑さは、遅れているから生まれたのではありません。その会社が回るように、現場が工夫し続けた結果です。大手にはできない細かい注文対応。ぎりぎりの納期調整。例外だらけの段取りを、ベテランが一人でさばいている。一見ムダに見えるその部分が、実はその会社が選ばれている理由だったりします。
たとえば、ある現場のベテランは、同じ受注でも得意先ごとに段取りの順番を変えていました。この会社は前倒しで動くと喜ぶ、ここは催促してから動かないと在庫を抱える。マニュアルには一行も書いていない。本人に聞くと「なんとなく」と言う。でも、その「なんとなく」が外れることはほとんどない。これは、無くすべき属人化でしょうか。私たちは、そうは思いません。
属人化した勘や段取りは、消すべき弱点に見えて、その会社の競争力そのものであることがあります。
私たちも「全部標準化」の罠にいた
正直に言うと、私たちも最初は「全部、標準化しましょう」と言いかけていました。
標準化が正義の世界から来たからです。属人化と聞けば、反射的に無くしにいく。きれいに揃った手順へ直すことが、良い仕事だと思い込んでいました。
でも、それをやると何が起きるか。ベテランの段取りを「誰でもできる平均的な手順」に均した瞬間、その会社の強みごと消えます。標準化で属人化を潰すと、属人化の中にあった競争力まで一緒に捨ててしまう。
しかも、潰される側のベテランは、それを敏感に感じ取ります。自分のやり方が「無くすべき非効率」と扱われていると分かれば、手の内を出さなくなる。マニュアル通りに動くだけになり、あの「なんとなく」を働かせなくなります。標準化は現場を良くするはずだったのに、いちばん回していた人のやる気を削る。属人化を悪者にした瞬間に、その人を悪者にしてしまう。私たちは、その手前で立ち止まるようになりました。
記録は、その人の手柄として残す
だから私たちは、属人化を「無くす」とは考えません。残すところ、活かすところ、捨てられるところを、現場の人と話しながら見極めます。
ここは誤解されやすいので、はっきり書きます。記録や仕組み化は、人を型にはめることではありません。ベテランのやり方を平均化して、誰でもできる無個性な手順へ落とすことでもありません。その人がどう段取りを組んでいるかを、その人のやり方のまま、その人の手柄として残す。システムは、その人を置き換える道具ではなく、その人の判断を写し取って預かる場所です。
やり方は地味です。ベテランの段取りを横で見て、どこで判断が分かれるのかを一つずつ聞き出す。さっきの「この得意先は前倒し」を、そのまま分岐として仕組みに置く。正解の手順を私たちが決めるのではなく、その人が選んでいた道を、そのまま写し取る。だから出来上がった仕組みは、誰かの一般論ではなく、その会社のベテランのやり方そのものになります。
ベテラン一人に集まっていた段取りを、その人のやり方のまま仕組みへ預け替える
捨てるのは、ベテランがやらなくていい単純作業のほうです。転記、探し物、二重入力。そこを仕組みに渡せば、ベテランは自分にしかできない判断に集中できます。
そろえるべきは、手順ではなく「データベース」
では、システムとして何を揃えるのか。
私たちは、手順を揃えるのではなく、**「器(データベース)」**を揃えます。現場で取るデータ、記録する器だけを同じにするのです。
手順をガチガチに縛らなくても、同じデータが同じように溜まる状態を作る。そうすると、面白いことが起こります。「その人がなぜ優れているのか」が、数字やデータの動きを通して、客観的に見えてくるのです。
「なぜあのベテランが担当すると、いつも納期が半分で済むのか」 「なぜこの人が動くと、在庫がだぶつかないのか」
同じデータを集めているからこそ、他の人との「差異」がはっきりと浮き彫りになります。
これまでは「あの人はベテランだから」「長年の勘だから」と、なんとなくブラックボックスになっていた凄さが、データとして見える化される。凄さが可視化されれば、会社はその人を「勘のいい人」としてではなく、明確な業績として正当に評価できるようになります。ベテラン側にとっても、自分のこだわりがデータで証明されるのは誇らしいはずです。
そして何より、「なぜこの会社は強いのか、どこに価値があるのか」という、会社の強みの源泉そのものがデータとして手元に残ります。これこそが、属人化を潰さずに「資産にする」ということです。
同じデータを取るからこそ、その人の凄さがわかり、評価ができ、会社の強みが見える化する。
その人が抜けても回る、という安心
私たちがこの形にこだわるのは、効率のためだけではありません。社長が本当に怖いのは、生産性の数字ではなく、その人が休んだ日に現場が止まることだからです。
ベテランの段取りを、その人のやり方のまま仕組みに預けておく。そうすれば、その人が休んでも、いつか抜けても、現場は回ります。しかも、その人の個性は消えていない。蓄積されたデータベースが「会社の強み」を教え続けてくれるから、人が変わっても強みは残ったまま、会社は止まらない。
これが、私たちの考える「属人化のシステム化」です。
私たち自身が、標準化が正義の現場から来て、それだけでは足りないと知りました。だからこそ、お客様の現場でも、勘や段取りを無理に無くしにいきません。
その人を消さずに、その人がいなくても回る形へ。今いる人で、その会社のまま強くなる設計を、私たちは選びます。
一人では、会社は変えられない。
だから、一緒に変える。
まとまっていなくても構いません。
お話を伺い、一緒に整理するところから始めます。
まずは、お気軽にご相談ください。